「白血病って、治ったらどうなるんですか?」

「元の生活に、戻れるんでしょうか?」

あの頃のわたしが、一番知りたかったことです。

夫のピーマンが白血病と診断されたのは26歳の時。あれから、気づけばもう14年目に突入していますw

結論から言うと——ピーマンは今日も元気に、フルタイムで働いています。

でも、「治ったら全部元通り!」かというと、実はそうでもありません。

今回は、白血病から14年目を迎えた家族のリアルを、いいことも大変なことも正直にお伝えします。

この記事は、夫ピーマンの白血病闘病記【体験談シリーズ】の第3話です。

発覚のときの話、入院生活の話はこちらから👇

26歳の夫が白血病になった話|2児の母が知っておきたかった高額療養費制度【体験談①】

白血病入院のリアル|無菌病棟の地獄と、看護師さんへの手紙で全員号泣した話【体験談②】

結論:14年目のピーマンは、元気に働いています

先に、正確にお伝えしておきます。

白血病は、「完治しました!」と言い切りにくい病気です。

ピーマンは5年生存率の壁は突破しましたがw、治療の影響で別のがんになる「二次がん」の可能性も、ゼロではありません。

主治医からは「良い経過です」と言われている状態。つまり、病気と上手に付き合いながら生きている、というのが正しい表現です。

それでも——

まず、これから闘病される方とご家族に、一番伝えたいこと。

白血病を乗り越えた先に、「普通の毎日」はちゃんとあります。

ピーマンは今、フルタイムで働いています。

ただし、無敵の身体になったわけではありませんw

睡眠不足が続くと、体調を崩しやすい。

「無理がきかない身体」と上手に付き合っていく。それが寛解後のリアルです。

定期検診は、今も続いています

「退院=治療終了」ではありませんでした。

最初は週1回の通院から

退院直後は、週1回のペースで通院していました。

血小板の輸血のためです。

ピーマンの場合、輸血でアレルギー反応が出る体質だったため、「洗浄血小板」という、アレルギーの原因になる成分を取り除いた血小板を輸血していました。

普通の血小板の輸血だと全身に発疹ができました。

アレルギー反応が出る人はまれなんだとか。つくづく運の悪い身体だなと思いましたw

こういう対応をしてもらえることも、当時のわたしたちは知りませんでした。

今は2〜3ヶ月に1回

体調が安定するにつれて、通院は2週間に1回、1ヶ月に1回…と間隔が延びていきました。

14年目の今は、2〜3ヶ月に1回のペースです。

「病院と長く付き合っていく」

これが、治療を終えた後の生活です。でも逆に言えば、定期的に診てもらえる安心感もありますよ😊

今も残る、後遺症とのお付き合い

正直に書きます。治療の影響は、いくつか残っています。

甲状腺機能低下症:毎日のお薬

放射線治療の影響で、ピーマンは甲状腺機能低下症になりました。

甲状腺のホルモンが十分に作られなくなる病気で、毎日お薬を飲んでいます。

どんな病気なの?

と思われる方もいると思います。

わかりやすく言うと、「元気が出ない」、「やる気が出ない」です。

わたしは昭和の人間なので、ピーマンが体調が悪いわけでもないのに仕事を休んだりすると「はよ仕事に行け!!」と言っていましたw

もう少し、この病気に対する理解があればなと今ではすこし思っていますw

薬を飲んでいればコントロールできるので、日常生活に大きな支障はありません。

悪玉コレステロールが急増した話w

移植の影響か…はたまた、長い入院生活から解放されて好きなものを食べまくった結果かw

悪玉コレステロール値が高くなりました。

運動もしているし大丈夫やろ、と思っていたら急増。

会社の健康診断で頻繁に引っかかるようになり、お医者さんに相談して投薬治療中です。

今は数値も安定していますが、高めをキープw

太陽がまぶしすぎる!サングラス必須の身体にw

薬の影響かはわかりませんが、直射日光がまぶしすぎる身体になりましたw

外出時はサングラスが必須。

退院直後は感染予防のマスクもしていたので——

帽子+マスク+サングラス。

不審者MAXでしたw

これから退院される方、ご近所さんへの挨拶はお早めにw

体重80kg→71kgに。筋力低下との戦い

体力は、確実に落ちました。特に筋力です。

働いていた頃は80kg(脂肪込みw)あった体重が、今は71kg。

全身の筋力が落ちているので、油断すると体脂肪は増加傾向にw

今は筋トレをして、なんとか筋力を維持している状態です。

退院直後の体力低下ぶりは、こちらの記事で笑ってやってください👇

退院後のリアル|洗車中にピーマンのお腹が決壊した話【白血病・退院後の体の変化】

病気経験者の「お金のリアル」

この十数年の間には、お金の面でも「病気経験者ならでは」の出来事がありました。

これから闘病されるご家族には、ぜひ知っておいてほしい話です。

団信に入れないまま、家を買った話

わたしたちは、ピーマンが白血病になった時期に家を買いました。

「え、そんな大変な時に!?」と思いますよねw

理由は、ピーマンの健康のためです。

お医者さんから、こう言われたんです。

「中古の家でカビやほこりが多い環境だと、ピーマンさんの場合、感染するリスクが高い」

移植後の身体は、免疫力が落ちています。住環境が命に関わる。

賃貸に住むという選択肢もありましたが、この理由から見送りました。

「それなら浪費と割り切って、家を買えばいいんじゃね?」的なノリですw

ただし、代償もありました。

病気の告知があると、団信(団体信用生命保険)には入れません。

団信とは、住宅ローンを組んだ人に万が一のことがあったら、残りのローンがゼロになる保険です。ほとんどの人が住宅ローンとセットで加入します。

つまりわが家は、「ピーマンに何かあったら、ローンだけが残る」という状態でスタートしました。

大きな足かせですw

それでも、「健康のための出費」と割り切った。この判断は、14年目の今も後悔していません。

不安から、保険に入りまくった話

そしてもうひとつ。

「また病気になるかもしれない」

その不安から、医療保険・生命保険・会社で入れる保険、入れるものには全部入りました。

わたしの分まで入って、保険料は月に約26,000円。

年間にすると約31万円です。

これに住宅ローンの返済が加わるわけです。

まさに、保険貧乏w

当時のわたしたちにとって、保険は「不安をお金で埋める」手段でした。

その気持ち、痛いほどわかるからこそ、同じ状況の方に伝えたい。

病気の後は、保険に入りにくくなるし、条件も厳しくなります。

そして、不安な時ほど、大きな契約をしてしまいがちです。

契約する前に、一度だけ深呼吸して、「この保障、本当に必要?」と考えてみてください。

(ちなみにわが家の保険は、その後見直して大幅に削減しました。その話はまた別の記事でw)

一番正直に書きたかった話:子どもたちのこと

ここからは、きれいごと抜きで書きます。

退院した頃、子どもたちはまだ小さくて、一番父親を必要としている時期でした。

でも当時のピーマンは、思うように動かない身体、眠れない日々、足の痛み(特発性大腿骨頭壊死症という合併症です)を抱えていて——

子どもたちに、優しく接することができませんでした。

イライラして、叱ってしまうことも多かった。

長男は、父親が病気になった頃のことを覚えているのか、小さい頃から何かを我慢するような子になっていました。

その後は、わたしも叱りすぎてしまい、長男にはさらに我慢をさせてしまった時期があります。

反省しています。

だから今は夫婦で、長男を褒めまくる日やハグをする日を設けて、ちゃんと「愛しているよ」と伝えているつもりですw

これを読んでいるあなたが、もし闘病後の心と身体で子育てに悩んでいるなら、伝えたいです。

あなただけじゃありません。

病気は身体だけじゃなく、心の余裕も奪っていきます。それは、あなたが悪い親だからじゃない。

そして、やり直す時間は、ちゃんと残されています。

今は子どもたちも大きくなり、ピーマンの身体もある程度動くようになって(たまにケガするけどw)、心に余裕ができました。

あの頃できなかった分、今、子どもたちと向き合っています。

そして、これだけは断言できます。

今が、一番子育てが楽しいですw

失った時間は戻らないけど、これからの時間は、まだたっぷりあるんです。

14年目に、思うこと

白血病の告知から、気づけば14年目。

特別なことは、何もない毎日です。

家族で晩ごはんを食べて、くだらないことで笑って、寝る。

でも、あの無菌病棟の日々を思えば、心からこう思います。

生きてるだけで、まるもうけ。

生きてれば、なんとかなる。

だから、これから闘病するあなたに伝えたいのは、これだけです。

生きることを、諦めないでください。

まとめ:白血病から14年目のリアル

今回の話をまとめます。

・14年目の今、フルタイムで元気に働いている
・5年生存率は突破!ただし二次がんのリスクとも付き合っていく
・定期検診は今も継続中(今は2〜3ヶ月に1回)
・甲状腺機能低下症・コレステロール・まぶしさ・筋力低下…後遺症とは長いお付き合い
・団信に入れないまま家を買った(健康のための決断)
・不安から保険に入りまくって、住宅ローンと合わせて保険貧乏にw
・病後の子育ては本当に大変だった。でも、今が一番楽しい
・生きてるだけで、まるもうけ

これから闘病される方、支えるご家族の方。

トンネルには、ちゃんと出口があります。

14年目、家族で笑ってるわが家が証人です。

【今日の自由になるための一歩】

闘病中の方も、支える側の方も、「治ったらやりたいことリスト」を1つだけ書いてみてください。それが暗い日々の中の、小さな灯りになります。

ピーマンシリーズはこちらから👇

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